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(日本語) この記事は私論です。何人かのメタウィキの利用者の意見と考えを表していますが、幅広い支持を得ているとは限りません。メタウィキの方針ではありませんが、他のウィキメディア・プロジェクトの方針かガイドラインであるかもしれません。必要に応じてこのページを遠慮なく編集し、大きな変更の提案にはこの記事のノートを使用してください。
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このページはウィキプロジェクトを通じた利用者同士の対話つまりコミュニティについて述べています。 このページは開設時、「ウィキペディアは本当にコミュニティなのか」("Is Wikipedia really a community?")という質問が冒頭にありました。現在、状況はもっと複雑になっています。

この略図はウィキペディアのコミュニティにおける百貨事典以外のプロジェクトをまとめたもの。現在ではウィキペディア以外の利用者や百科事典よりこれらプロジェクトに多く貢献する利用者が集まるため、現状を反映していない。
この図では、ウィキメディアのコミュニティが異なるプロジェクトに分割されている状態を示そうと試みた。おそらく、一部の利用者が複数のプロジェクトに貢献することは考慮外。
2004年理事会選挙は英語版とドイツ語版、フランス語版(enwikidewikifrwiki)の利用者が効率的に当選。画像をクリックして拡大。

実在としてのリスク

初期の主張では、実在としてリスクを共有していないウィキペディアはコミュニティではないと言われていました。偽名やIPアドレスでは現実の人物に対応しておらず、仮想の人々の上に構築されるものをコミュニティと呼ぶことはほとんどないからです。ウィキペディア以外のプロジェクトも偽名やIPアドレスを許可しており、状況は同じです。

ウィキペディアの理念とは、無料の百科事典を構築するという共通目標により、一緒に無料の百科事典を構築することです。 しかし、コミュニティは単純化されたビジョンをただ共有することを調節し、共通のコミュニティの価値観を抱いています。英語版ウィキペディアにも2012年には共通の価値観が出現したように見えます。「個人攻撃はしない 」、NPOV 論争 (中立性)ならびに利用者トークのテンプレートが出現しました。これら4つの属性はウィキニュースにもあるものの、方法は異なります。 ウィキペディアでもウィキニュースでもないプロジェクトでは、NPOV紛争や利用者の会話テンプレートはそれほど重要視されていないようです。

ウィキペディアとウィキニュースはコミュニティというよりも、むしろ家族のようなものなのでしょう。人は家族を選べず属するのみと言われます。それでも「family」という概念は世界で文化ごとに異なるので、一部の人々にはこの段落の真意は伝わらないかもしれません。

利用者によっては、ウィキメディアンは誰も実在のリスクを負わないのだから、コミュニティを構成できないという考えに悩み続けています。人間であるウィキメディアンだけを考慮するなら、誰でも最低1件のコミュニティすなわち人間という集団(コミュニティ)に属しています。戦争、エイズあるいは劣悪な大気汚染によって負傷したり殺されたりする危険性を、現在、私たち全員が共有しています。生物学的には、コミュニティの定義とは一緒に暮らす相互関係の強い1種の生物の集団です。コミュニティには利点も欠点も混在しており、コミュニティの安定とは、時間の経過につれて全体と構成要素としての個々人が両方とも安定したときに実現します。コミュニティにおいては、多様性と共同体性の両立が必要です。

ウィキブックスにおける分割

ウィキブックスは特例です。このプロジェクト自体が複数の自立した書籍単位のプロジェクトを分立させているからです。なかでもウィキブックスの「公式の実施方針」には、新規の書籍プロジェクトでウィキブックスの規範に外れたものを撃退する仕組みがありません。

それに対して、ウィキソースは統一性を重視します。英語版ウィキソースに示されたヘッダのテンプレートが唯一の規準としてほとんどの作品またはセクションの前置きに使われます。

ウィキペディアのコミュニティはウィキメディアでコミュニティとして承認されるか

既成事実としてそうなっています。例えばウィキメディアのプロジェクトごとにIRCクローク があり、また「wikimedia /」のクロークも存在します。ウィキメディアのコミュニティは、少なくともFreenodeでは存在できます。

関連項目